気ままに趣味旅行

面白いコト「拡がる/拡げる」

人はどうして表現するのか考えてみた(前編)

 

 

どうもhiroakiです。

 

人はどうして表現するのか。

みなさんは考えたことがありますか。

 

文章は難しそう

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(ミネラルたっぷりの温泉水が流れる播磨川 in Kumamoto)

 

 

私は小さい頃、文章をうまく理解することができませんでした。

 

今でも覚えています。高校のテストで、何度読み返しても内容を理解することができないものがありました。

「はあ?こいつ何言ってんだ?(怒)かっこうつけてないでもっと分かりやすく話せないのか?」

と思っていました。多いですよね。知らない言葉たくさん使う人。わざと難しく話そうとする人。

 

多くのムズカシイ文章は例えば下のようになっていたからです。

Aさん「A’について伝えたい……けど、ややこしい話だから理解したい人だけに分かってもらえればいい」

…これでは伝えたいのか伝えたくないのか、良くわかりませんね。

はっきりしてくれよ、と思っていました。

 

初めは「国語なんてできなくてもいいや、別のことなら何でもできるし」ぐらいに開き直っていたのですが、、、

 

そう呑気な日々はいつまでも続きませんでした。

 

次第にさまざまな悩みが発生し、それらをうまく対処できなくなっていきます。

そして内向的な性格になってしまいました。

 

当時、私は自分自身の悩みは一体どこからやってくるのだろう、と部屋の片隅で悶々と考えました。

 

 自分なりの表現とは

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(一ツ瀬川 in Miyazaki)

 

 

しばらくすると私は 

「難しいけど、悩みを解決するヒントが書いてあるかもしれないし、読んでみるか」

としぶしぶ本を頼ります。

 

もちろん何を言ってるか全く分からなかったので、ひとつひとつ辞書を引きながら、 言葉の意味を確かめていきました。相当頭が悪かったんです(笑)

 

色々学んでいくうちに、先ほどの例は

Aさん「A’について伝えたい……けど、ややこしい話だから理解したい人だけに分かってもらえればいい」

ではなく

Aさん「A’について伝えたい……けど、ややこしい話だから正確にいうとこういう話だよ」

 ということだったと分かりました。なるほど、と思いました。自分自身の誤読による思い込みだったわけです。

 

当時、偶然読んだ本に「暗喩」という概念について書かれたものがありました。世の中の寓話といわれる話の多くが何かしらのメッセージを背景に物語を展開させているというものです。

 

それは今まで物事を表面的にしか理解してこなかった自分にとって衝撃的な出来事のひとつでした。頭をガツンと打たれたように感じました。

 

私は自分自身の内面的な悩みや葛藤をより正確に知るため、インターネット上で様々な表現を試しました。それは単なる思い付きでした。きっと何かが分かるかもしれないと思ったのです。

 

「文字なら書けるだろう、日本人なんだから」

「寓話で表現してはどうか」

 

次第にそれを小説で表現してみようと思いつきます。自分の作品が多くの人に読まれ、様々な感想をもらいましたが、自分自身の中にはもやもやが残ったのを今でも覚えています。

 

その正体は「人が文字で表現できることには限りがある」ということでした。がっかりしました。

しかし、これは他のメディアにおいても同様のことが言えるのではないでしょうか。

自分で何かしら表現を行ったことのある人ならピンとくるかもしれませんが、頭の中にあるイメージを正確に表現することはほとんど不可能なことです。なぜなら、そのイメージを別のものに置き換える必要があるからです。置き換えればそれは元のものとは異なってしまいます。

 

「どうすればもっとうまく、このことを人に伝えられるだろうか」

 

同時にこんな疑問もわいてきます。

「どうして表現しなければならないのか」 

 

初めはひとりで考えに考えていたのですが、やがてそれは非効率的だということに気がつきます。

 

 

>>後編に続きます。

hiroakies.hatenablog.com

 

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